留学生から見たリヨン 


2006年の2月からリヨンに留学中の丹さんが、リヨンの生活を報告してくれます。




フルヴィエール教会@



【2006.12.25】



   Merci Marie !

今日は12月25日。とても静かなノエルを迎えました。フランスではノエルを家族で過ごすのが通常で、今日はこのどんよりとした冷たい冬空の下を出歩く人は少なく、きっと暖かな室内でビューシュ・ドゥ・ノエルなどを囲みながらの楽しい家族とのひと時に、外気の冷たさなどすっかり忘れているのでしょう。私はスチュディオで気ままな一人暮らしを楽しんでいるので、残念ながらノエルの家庭の雰囲気を味わうことができませんでしたが、今日はミサの後の静かな教会で一人、今年一年を振り返ってみようかと、プラっとフルヴィエールのバジリカ聖堂に赴きました。教会にはポツリポツリと人が訪れ、蝋燭に火をともしながら、その小さな炎の中にささやかな願いを込めて、静かに去っていきます。教会の中にはクレッシュと呼ばれる、キリスト誕生の場面を再現したかわいらしい人形も飾られ、誰もが足を止めて、その一場面に思いを寄せているようでした。この時期になると、リヨンでもペラーシュ駅の近くやクロアルースなどでクリスマス市が開かれ、かわいらしいサントン人形がたくさん売られています。これもクレッシュ同様、キリスト誕生の場面を小さな箱の中に自分なりに再現し、それを家の中に飾って楽しむものです。

このノートルダム・ド・フルビエール教会はそもそも聖母マリアにささげられた教会で、旧聖堂の鐘楼に聳える金箔のマリア像はリヨンの象徴でもあります。毎年12月8日に行われるリヨン最大のイベントFête des lumières は、1852年の12月8日にこの金のマリア像が据えられたことを記念し、加えて1643年にリヨンを襲った恐ろしいペストから町を救済したといわれる聖母マリアを、命の恩人として称える日でもあるのです。今年は12月7日から10日までの4日間、この光の祭典が行われました。残念ながらメインの12月8日は土砂降りの雨に見舞われ、各家庭がともす蝋燭の炎も雨で消えてしまったのか、幻想的な光景に出会うことができませんでした。しかし、町のいたるところで繰り広げられる光のスペクタクルは目を見張るほどの美しさで、豆電球で覆われたサンジャン教会の前には、たくさんの人々が集まり、ヴァン・ショを片手にその壮大なスケールに皆満足げな様子でした。

ミサのあとの静かな聖堂を一周した私は、ノエルの日のリヨンの町を眺めてみよう思い外に出ました。フルヴィエールの丘からリヨンを眺めるのはこれで何度目になるだろうかと、記憶の中の景色をたどりながら、冷たい大気に白く煙るリヨンの町をしばらくの間眺めていました。2月に初めてこの地を踏みしめたときから、もうすぐ一年。「早いなぁ〜、まったく、イヤになっちゃう。フランス語も全然上達しなかったし!帰ったらなんて言い訳しよっかなぁ〜。フランス人の彼でもいたら少しは何とかなったかもしれないけど、全然もてなかったもんね〜。そろそろ懐も寂しいし、帰ったらまた働かないとねぇ〜。でも、まぁいいっか〜、楽しい一年だったから!マリア様、一年間本当にありがとう!」と、つまらぬことをおもいつつ、最近覚えたラ・ヴィ・アン・ローズを口ずさみながら家路へと向かうのでありました。




   最後に

短い間ではございましたが、私のつたないリヨン便りをご愛読いただきまして、誠にありがとうございました。もう少しレベルの高いリヨン便りをお届けできればよかったのですが、何しろ私はフランス語も儘ならぬ状態で、突然リヨンの町に飛び込んでしまったためこのような結果となってしまいました。できることなら素敵なフランス人の彼を見つけてリヨンに永住し、バラ色の人生の中で、このリヨン便りを続けていきたかったのではございますが、夢破れて帰国いたします。帰国後も何らかの形でリヨンと横浜との交流に貢献したいと思っておりますので今後とも末永くよろしくお願いいたします。最後に、毎月ホームページを更新してくださり、私のつたない文章を励ましてくださったリヨン・横浜交流会の砂川様に心よりお礼申し上げます。本当にありがとうございました。 

丹 尚子

フルヴィエール教会A
クレッシュ

クリスマス市

光の祭典Fête des lumières







【2006.11.24】



■秋の味覚

フランスに来たら、生カキを思う存分食べる!というのが私の目標の一つです。どうしてもこの季節は飲むことと食べることに走りがちですが、これもまた勉強のうち!と都合の良い理屈をつけて早速市場へと向かいます。フランスではbreで終わる月(Septembre、Octobre、Novembre、Decembre)がカキの美味しい季節とされ、まさに11月は旬。たとえカキにあたって死んでもかまわないとすがすがしい気持ちでその日を迎えました。日曜日の市場は大勢の人で賑わい、特にカキがお目当てでやって来る人達ばかりです。日本ではオイスターバーと呼ばれるしゃれたお店もありますが、ここはまさにバーカウンターのような狭い空間での立食です。横には殻付のカキがダンボールに山と積まれ、その横で手際よく殻を開けるおじさんが一人。なんともすばやい手つきできれいに殻を開け、立派なカキの身に一つも傷を付けずに皿に盛ります。生カキにはシャブリが良くあうといわれますが、カキに含まれるグリコーゲンは、白ワインの成分である酒石酸やリンゴ酸やアミノ酸と相性が良いということで、このお店では手軽で美味しいMACONの白ワインをカキと供に・・・。その琥珀色のワインと艶やかなミルク色のカキは、まさにフランスの秋の味覚。そういえば、フランスにはこんなに立派なカキがあるのに、カキフライやカキ鍋に似たようなものにはほとんどお目にかかりません。でもやはりカキフライにはパンよりも熱々の白いご飯。カキ鍋にはワインよりも日本酒や焼酎ですね。

11月はボジョレーヌーボーも解禁となり、2006年のぶどうの収穫に感謝しながら、その自然の恵みを大いに楽しむフランス人の食文化を肌で感じる季節でもあります。ところでボジョレーヌーボーの最大の輸出先は日本だとか・・・。ボジョレーヌーボーの解禁をある種の流行として捉える日本では、きっとフランス以上の盛り上がりを見せたことでしょう。しかし何よりもフランスの風土の中で味わうフランスの食文化こそが、そして日本の風土の中で味わう日本の食文化こそが最高に美味しく贅沢なことだと思います。フランスで生カキを思う存分食べたあと、次はカキ鍋と熱燗で一杯やりたいなぁと思う今日この頃です。







   テットドール公園の秋

リヨンの北に位置するテットドール公園は、1856年に整備された117ヘクタールの広大な美しい公園です。公園の敷地内には動物園や植物園などもあり市民の憩いの場所でもあります。11月のテットドール公園は紅葉が美しく、落ち葉の絨毯を踏みしめながら歩くとそれはまさに、ジャック・プレベールの詩で有名なシャンソン‘Les feuilles mortes(枯葉)’の世界です。その詩の中に‘Les feuilles mortes se ramassenta la pelle(枯葉はシャベルで寄せ集められる)’というフレーズがありますが、現実問題、リヨンの町の枯葉をシャベルなんぞでかき集めていても間に合いません。プラタナスやマロニエの落ち葉の量といったらそれはそれは大変なものです。枯葉清掃部隊のおじさんたちは毎日大忙し。写真のように掃除機のような機械を使って道に積もった枯葉を一気に吹き飛ばし、一ヶ所に集めてから回収するのです。













【2006.10.21】



   ワインの試飲会

私はワインの知識は全くありませんが、とにかくワインは大好きです。こちらでは3ユーロも出せば美味しいワインが手に入ります。先日友人の誘いで、テット・ドール公園の近くにある‘L'Espace Tête dOr’という会場で行われたワインの試飲会に参加しました。会場の入り口で受付を済ませるとワイングラスを渡されて会場の中へと進みます。するとそこには、フランス各地から集まった73のワイン生産者がブースを出し、ご自慢のボトルをテーブルに並べて熱心にその特徴を説明していました。私たちも早速試飲を開始!先ずはBordeaux、次はChampagne、そしてAlsace、でSaint Joseph、まだまだCôtes du Rhône Villages・・・。グラスにほんのちょっとといいながらも、すべてのワインを試飲するのは至難の業。しかも年代別に味わうとなると最後は目がクルクルと回ってしまいそうでした。貧乏性の私はグラスのワインを毎回飲み干していましたが、周囲の人達を見ていると、じっくり香りを楽しみ、その後に少し口に含んで味わった後、残りのワインは専用の容器にサッと捨てています。ワインの味わい方も知らない私は、本場の人達の身のこなしにうっとりと見とれてしまい、ワイングラスを片手にクルクルとまわす手振りをまねて、何度も何度もクルクルまわしていたら、「そんなにグラスをまわしたらダメだよ!アロマが逃げてしまうよ。せいぜい2、3回だよ。」(たぶんそう言っていた)と隣のムッシュに笑われてしまいました。しかしなんともワインというのは奥が深いのでしょう。本当にそれぞれ香りと味が異なります。産地や年代の違い、葡萄の種類や醸造の違い、中には、年代物の木から収穫された葡萄のワインだとか、今日から3年後に飲むと美味しいワインだとか、フランス語で熱心に説明してくれるのですがさっぱり分からず、あ〜もっと言葉ができたらいいのになぁと思う瞬間です。あるブースでワインを注いでもらったムッシュの手がタンニンで黒ずんでいて、その仕事ぶりを想わせる彼の手に、あるシャンソンを思い出しました。♪豊かな自然の潤いをあたえて、山は長い月日、葡萄の根のようにふしくれた素朴な人を育ててきた。今はもう葡萄の蔓も森の中にのびっぱなしのまま、昔から葡萄作りで生きてきた老人をなげかせるのだろう♪「LA MONTAGNE」〜Jean Ferrat(古賀力 詩)〜 そしてフランス人のあの高くて大きな鼻はきっと、ワインの香りを頭のてっぺんまで吸い上げるために必要不可欠なものなのだろうと感じました。次回のワイン試飲会には、是非おつまみ持参でがんばろうと思っています。



   アート市と古本市

リヨンは今、秋真っ盛り。プラタナスやマロニエの葉も色褪せ、まさにシャンソンの「枯葉」の世界です。私は最近、日曜日の朝になると、ソーヌ川沿いで開かれているアート市と古本市に出かけます。アート市では、たくさんの絵画や彫刻、不思議なオブジェやかわいいアクセサリーなどがところ狭しと並べられ、その個性的な作品についつい笑みがこぼれてしまいます。もちろんそのどれもが手作りで、それぞれの作品の持つ表情を見ていると作者の人柄までもが伝わってきて、楽しさも2倍です。もう一方のソーヌ川沿いでは同じように古本市が開かれています。秋の日差しの中でのんびりとフランス文学に浸ってみたいものですが、私の場合は残念ながらそうもいかないので、ちょっと視点を変えて本の装丁を楽しむことにしています。特に古い聖書などは皮の立派な装丁が施され、その美しさに目を奪われます。かつてリヨンは印刷業で栄えた都市でもあり、この古本市ではその歴史の重みを感じさせる貴重な本に出会うことが出来ます。







レピュブリック通り
【2006.09.19】



   Biennale de la danse 2006 Lyon

現在リヨンでは、2年に1度のダンスビエンナーレ(9月9日〜30日)が開催されています。12回目の今年は「Danse la ville〜都市のダンス〜」をテーマに、世界29の都市で活躍中のアーティストが選ばれ、オペラ座をはじめとするリヨンの各劇場で熱気あふれるステージが繰り広げられています。モダンバレイ、タンゴ、ヒップホップ、フラメンコ、タップダンスなどジャンルはさまざまで、日本からも東京・京都の2組のダンスカンパニーが招かれています。また9月17日には、恒例のle defile(パレード)が盛大に行われ、テロー広場や、ベルクール広場へと続くレピュブリック通りは、何万人もの人々で埋め尽くされ、華やかなパレードに大歓声の渦が巻き起こりました。そして、その衣装や化粧の奇抜さと、振り付けの面白さに目を奪われ、一つの型に嵌らないリヨンの人々の豊かな感性がそこに溢れていました。私も先日、今フランスで人気NO.1といわれるストリートパフォーマー集団「Pockemon Crew」の舞台と、「Farruquito y Familia」のフランメンコの舞台を見に行きました。どちらのアーティストもユーモアとテクニックと迫力に満ちたすばらしいステージでしたが、輪をかけてすばらしかったのは観客席の盛り上がり様です。観客の層も老若男女と幅広く、特にストリートダンスを見るお年よりの姿には少々驚きました。そして大きな拍手と歓声が相乗効果となってますます踊り手は高揚し、最後には観客がアーティストに、アーティストが観客に敬意の拍手を送り続けました。日本ではなかなかお目にかかれないような光景に出会い、アーティストと観客が一体となって作り出すパワーの大きさに圧倒されるばかりでした。今回の舞台やパレードを見ていて、表現の自由とは、アーティストの磨かれた技と豊かな感性から生み出されるのは当然のことながら、それを見て受け取る観客自身の心の豊かさにも大きく支えられているのではないだろうかと素人ながらに感じました。9月のリヨンはまさに芸術の秋。寒い冬が訪れる前にリヨンの秋を満喫したいと思います。


オペラ座









リヨン市役所

メゾン・ドゥ・ラ・ダンス


【2006.09.11】



   リヨンの交通

フランスの夏といえばやはり長いヴァカンスです。フランスは、雇用主が従業員に2週間以上の夏季休暇をとらせる義務があるそうで、日本で働いていた私としてはなんとも羨ましい限りです。リヨンの夏もまた、長いヴァカンスを利用して旅行に出かける人々が多く、町はいつになくひっそりとしていました。しかしそんなお休みムードも8月まで。9月になるとようやく町中が活気を取り戻し、朝のメトロの通勤ラッシュや交通渋滞が始まりました。リヨン市内にはTGVの発着する国鉄の駅が2ヶ所(PART-DIEU駅、PERRACHE駅)あり、パリまで2時間、マルセイユまで1時間45分と、北へ行くにも南へ行くにも程よい時間で移動することができます。また市内からバスで約30分の所にはLyon Saint Exupery国際空港があり、ヨーロッパの主要都市と結ばれています。そして、海外に行くもうひとつの手段はPERRACHE駅から出発する長距離バス、ユーロラインです。私もこのバスを利用して時々フランス国内を脱出することがありますが、確かに移動時間はかかるものの、飛行機の約半分の値段でヨーロッパを旅行することが出来るので、貧乏留学生の私にとっては大変魅力的です。先日ジャック・ブレルのシャンソンを聞いていたら突然ブリュッセルとアムステルダムに行きたくなり、ユーロラインでベルギーとオランダに行きました。行きはリヨンを21:30に出発してブリュッセルには翌日8:30着。帰りはアムステルダムを17:30に出発してリヨンに8:00AM着。往復153の旅でした。そして私は旅行をするたびに、TGVやバスの車窓に広がる肥沃な台地とその自然の豊かさに心から感動します。どこまでも続くこの広大な台地の恵みこそがフランス人の‘ゆとり’につながっているのだろうと感じます。ちなみにフランスの食料自給率は130%。日本はなんと40%(農林水産省データ)。フランスに留学して特に考えさせられることは、「本当の豊かさとは何だろう」ということです。少なくとも食料自給率とヴァカンスの長さに関しては圧倒的にフランスのほうが‘豊かです。


   リヨンの公共施設

@Bibliothèque municipale de Lyon

リヨン市内には15ヶ所の図書館があり、私は中でもPART-DIEU駅のそばにある一番大きな図書館に通います。私がリヨンにやってきて2ヶ月ほどしてから図書館のカードを作りました。こちらの図書館は日本と違い、年会費を払わなければカードを作ることが出来ません。その代わり、本はもちろんCDやDVDも大変充実しています。そして三週間で10冊まで(CD・DVD含む)借りることが可能で、しかも借りたものはリヨン市内のどこの図書館でも返すことが出来ます。年会費は借りるものの内容によって異なり、本・CD・DVDのあらゆるものを借りたい人は35、本およびCDを借りたい人は20、本のみを借りる人は12です。私の場合は、特にCDと楽譜を借りたかったので、20のカードを作りました。シャンソン好きな私としては図書館のCDの数の多さはこたえられません。

APiscines municipals de Lyon

  美食の町リヨンに滞在して少々太り気味の私は、余分な贅肉を落とすために週に2回メトロD線のGORGE DE LOUP駅近くにある市営プールに通っています。こちらは大変設備の整った施設で50mプールと子供用プールがあり、更衣室なども大変広くて清潔です。

写真では何の変哲もないプールですが、実はこのプール、深さが1.8m〜4.0mもあり、全く足が届きません。フランス人はまじめに泳ぐ人が多いなぁと思っていたら、なるほど、ここではひたすら前に進むのみなのです。



PART-DIEU駅


Lyon Saint Exupery国際空港
ユーロライン

Biblioth
eque municipale de Lyon

Piscines municipals de Lyon

リヨンカトリック大学
【2006.08.12】


Université catholique de lyon ILCF

私の通っているリヨンカトリック大学の付属語学コースはちょうど7月から夏期講座が始まり、世界各国からフランス語を学びたいという意欲的な人達がたくさん集まってきています。リヨンカトリック大学は1875年の創立で、宗教学・哲学・法律学・経済学・文学の5つの学部からなる総合大学です。留学生のための語学コースは1948年に創設され、日本では作家の遠藤周作さんもここで学んだことがあるそうです。学校は町の中心ベルクール広場のすぐ近くにあり、私は毎朝片道30分の道のりを徒歩で通学しています。 Gambetta通りのプラタナスの並木道を歩き、朝日にまぶしいローヌ川を渡り、広々としたベルクール広場を横切り、青空に映えるフルビエールの教会を眺めるとき、‘私はなんて贅沢な時間を過ごしているのだろうとあらためて感じる瞬間です。

夏期講座は7月から9月まで、一ヶ月単位で授業が行われています。約20人前後のクラスが5クラスあり、年齢層は幅広く20代の学生さんから中には定年退職後の60代の方までさまざまです。面接試験や最初の授業では、必ず「どうしてあなたはフランス語を勉強しているのですか?」という質問がありフランス語で答えなければなりません。「現在大学でフランス語を専攻しているので」「パティシエを目指しているので」「大好きなフランス語をただひたすら勉強したいから」などなど理由はさまざまです。私の場合は、「シャンソンフランセーズをフランス語で歌えるようになりたいから」と答えます。そうです。私はただシャンソンをフランス語で歌いたいというおもいで突然フランスにやってきたのです。週に一度語学学校に通ってはいたものの、ほとんど初心者のままフランスにやってきた私は、授業についていくのがやっとです。時々日光東照宮の猿のように「フランス語!見ザル聞かザル言わザル」状態に陥ることもありますが、そんなときこそ「どうしてあなたはフランス語を勉強しているのですか?」という先生の質問を思い出します。そして自分の本来の目的をしっかり再確認すると、不思議とまたパワーが漲ってくるのですね。あ〜、でもやっぱりフランス語は難し〜い!Je ferai de mon mieux!

Excursion

夏期講座の期間中は、さまざまなExcursionがあります。

7月にはバス2台連ねてみんなでアヌシーに行きました。アヌシーはスイスの国境に近いリゾート地で、湖がとても美しい小さな町です。現地に到着してからは基本的に自由行動。私は友達と一緒にアヌシー城を見学したり、遊覧船に乗って湖を一周したり、本当にのんびりとした1日を過ごしました。生徒の中には水着を持って行って湖で泳いだ人もいたそうです。その他にもリヨン探索や映画鑑賞などのイベントが盛りだくさんです。




面接試験風景
アヌシー


【2006.07.14】


Le14Juillet

リヨンの14Juilletは、毎年恒例の花火大会(Nuit de feux d'artifice)が行われます。こちらは夜の10時ごろまで明るいので、花火大会のスタートは10時半です。
夕暮れ時、どこからともなくぞろぞろと人が集まり、ローヌ川沿いの絶好のポジションはあっという間に見物客で埋まってしまいました。時間が来ると、今までライトアップされていたフルビエール教会の明かりがパッと消えて、大きな音とともに花火が打ちあがりました。特に大きな花火があがると、周囲から拍手がおこったり、また、ハート型や面白い形の花火が上がると
オーッ'という声が上がったり、まるで日本の花火大会のような雰囲気です。
クライマックスになると、突然フルビエール教会が真っ赤なライトで照らされ、まるで教会がめらめらと燃えているようで、なんとも幻想的な光景でした。
花火は30分ほどで終わり、しばらくの間人々は、ローヌ川を渡る夜風と花火の余韻に浸っていました。




勝利の喜び

【2006.07.09


La coupe du monde de football

7月のリヨンは、サッカーワールドカップで最高に盛り上がりました。残念ながら結果はご存知のとおり。そしてジダンのレッドカード(Un carton rouge)は意外な展開でした。私もその日は友達と一緒にビューリヨンのカフェでテレビに釘付けになっていました。いつもと違う日曜日の夕暮れ。テレビが設置されたカフェやレストランは日曜日でも当然のことながら店を開き、席はたくさんのサポーターで埋め尽くされていました。そして私たちもやっとのおもいで小さなカフェに席を確保しました。その日はベルクール広場にも大型画面が設置され、ブラジル戦、ポルトガル戦のときと同様、勝利の喜びをみんなで分かち合おうと意気込んでいました。ブラジル戦に勝った1日とポルトガル戦に勝った5日の夜は、リヨンの町は眠りませんでした。試合が終わるや否やトリコロールに染まった若者たちが町中に繰り出し、歌ったり踊ったり叫んだり、そして町を走る車はクラクションを鳴らしながら勝利を喜び、とにかく町中が大騒ぎです。もしフランスが優勝したらローヌ川やソーヌ川に飛び込む人もいるかもしれない!とひそかにシャッターチャンスを狙っていた私ですが、残念無念。試合直後の道行く人々の表情も今までとは打って変わって口数も少なく、脱力感が漂っていました。しかし試合はさすがに、最後まで勝ち抜いてきたチームだけあって、それぞれの実力を見せ付けられましたが、ジダンの一件に関しては今もなお、謎を秘めているようです。次の日の朝、路上で配られている無料新聞の表紙はどれもジダン・ジダン・ジダン。‘Pourquoi?Héros quand mêmeという言葉も目に付きました。まぁ何はともあれ、ワールドカップが開催された年にフランスに滞在できたことこそ、私にとっては本当にラッキーなことだったと思います。フランスの選手の皆さん、最後まで私たちを楽しませてくれて本当にありがとう!



7月10日の無料新聞
ベルクール広場の大画面



フルヴィエールの丘からの風景
【2006.06.13】


■coexistence
6月に入ると、リヨンの町は観光に訪れる人々で賑わいを増してきました。特にリヨンの町並みを一望できるフルビエールの丘から旧市街にかけては、リヨンの観光スポットです。メトVIEUX-LYON駅からケーブルカーに乗り換えて、すぐそこはフルヴィエールの丘。青空に聳えるフルヴィエール大聖堂の荘厳な姿に出会えます。1872年から1896年にかけてリヨン市民の寄付によって建てられたこの教会は、リヨンのシンボル的な存在で、ここからの眺望はすばらしく人々の心を魅了してやみません。
また、1998年にユネスコの世界遺産として登録された旧市街地は、レンガ色の独特な色彩が美しく、今でもそこに人々の日常生活が息づいています。世界遺産としての町並みを保護するために、ここに住む人々は規制の多い住居環境の中で何かと苦労も多いようですが、この歴史的建造物を守り、そして共存しようとするリヨン人の誇りの高さが伺えます。また旧市街とは対照的に、ローヌ川の東に広がる新市街には高層ビルやオフィスビルが立ち並び、特に‘crayon(鉛筆)’の愛称で呼ばれている高さ142mの高層ビルはリヨンの町でひときわ目立ち、町を歩く人々の視覚的な目印となります。このようにリヨンの町は古きものと新しいものとが共存する町です。
リヨンの姉妹都市である横浜にも古きよき歴史的建造物がたくさんあり、最近ではその建物を利用してさまざまなイベントが催されたり、若き芸術家の活動の拠点や発表の場として開放されていますが、とてもすばらしいことだと思います。古きよきものと新しいものが上手に共存することによって、お互いの良い部分を守ろうとする心が調和のとれた美しい町並みを作るのだろうと思います。横浜の6月はちょうどフランス月間。今年もきっとフランスに関わるさまざまなイベントで盛り上がっていることでしょう。横浜と、姉妹都市リヨンとの交流も、今後ますます深まっていくことを願っています。


■領事祭
6月10・11日はベルクール広場で領事祭が行われました。各国の領事館がブースを出して、自国を紹介するイベントです。今年は49カ国の領事館が参加しました。
ベルクール広場の中央には特設ステージが設置され、民族舞踊や民族音楽のお披露目などもありました。日本領事館のブースでは、雛人形や生け花が展示され、折り紙教室、習字教室、日本漫画の紹介などが行われました。ちょうどワールドカップも始ま
り、国際色豊かなリヨンの町は、ますます盛り上がりを見せています。


Crayon
折り紙教室




【2006.05.15】



J’aime Lyon 
    au mois de mai




リヨンでの生活も3ヶ月が経ちました。2月3月は凍えるほど寒く、ローヌ川を渡る風はビュービューと鳴り響き、橋をわたる人の姿も顔が半分隠れるほどマフラーをぐるぐる巻きにして寒さに立ち向かっているかのようでした。4月に入ってしばらくすると、ある日突然真夏のような日差しが照りつけ、木という木がいっせいに芽吹いたかと思うと、あっという間に緑の美しい5月がやってきました。今、ベルクール広場はマロニエの花が真っ盛り。そして町中のカフェやレストランが一斉にテーブルとイスを外に並べ、オープンテラスの始まりです。フランスの人は本当に食べることが大好きで、お昼休みはたっぷり2時間。友達同士の会話を楽しみながらゆっくりお食事をします。こちらは本当に食べるものが美味しくて、特にパンとチーズとワインとチョコレートは格別です。これさえあれば何もいらない!と言いたいところですが、加えて野菜や果物やお肉などもとても豊富で新鮮なので、さすが「美食の町・リヨン」の謂れも納得です。週末にはソーヌ川沿いのマルシェで新鮮な野菜や果物を買いに行きます。4月に入るとり美味しそうなホワイトアスパラガスが店頭に並び、春の訪れを知らせてくれました。リヨンの人々は、いつも明るく素敵な笑顔で日々の生活を楽しんでいるかのようです。そしてこのゆったりと流れる人々の豊かな時間は、きっとこの美しい町並みと豊かな食材が源となっているのでしょう。私もまだ始まったばかりのリヨン生活ですが、これからますますリヨンの生活・文化を吸収していきたいと思っています。


マルシェの風景
ベルクール広場