光の祭典2003




交流会員、光の祭典オープニングセレモニーに出席

 


 『EXPO YOKOHAMA横浜展』(2003年12月10日から2004年1月31日まで開催)のために、リヨンへと渡った交流会員は、『光の祭典fête des lumières』のオープニングセレモニーにも出席しました。

 『光の祭典』は、今から150年前の1852年に始まったリヨンで最も大きなお祭り。当日、市内のホテルは全て満室になるほど、ヨーロッパ中から観光客が押し寄せます。

 リヨン市役所にて『光の祭典』オープニングセレモニーが開催されたのは、12月5日17時から。参加者は選ばれたリヨン市民及び外国からの招待客ら約300名。交流会会長、リヨン事務局長、横浜事務局長らも、市役所からの招待を受け、参列しました。

 17時に市庁舎前に集合すると、リヨン市長を先頭にフルヴィエール教会へ。教会の前で、市長による開会の挨拶と点灯式が行われました。市長の掛け声でフルヴィエール教会に光がともると、招待客からは感嘆の声が。
 教会のイリュミネーションを堪能した後は、サン・ジャン教会を経て、市の中心ベルクール広場へ。この間に、リヨン市長と当会会長が「横浜とリヨンの姉妹都市交流」について話を交わすシーンも見られました。
 ベルクール広場では、サーチライトによる光の演出で人々の目を魅了。その後メイン通りのイリュミネーションを楽しみながら、最終地点テロー広場へ。市庁舎と美術館に囲まれたこの芸術的な広場では、映像、音楽、そして人間を使った影絵で構成した作品を上映。1回約15分もある大作で、招待客の前に、建物3面に現れる映像に目を奪われました。

 リヨン中心街のイリュミネーションの鑑賞が終わると、市庁舎の中へ。シャンデリアの散りばめられた豪華なホールで、オープニングパーティがスタート。招待客らがそれぞれ行き交い、当会会長らも、リヨン市横浜担当ムニエ氏と、ワインやビュッフェ料理を楽しみながら、「2004年の姉妹都市提携45周年」について大いに語り合いました。




12月8日、光の祭典

今日は 「光の祭典Fête des Lumières」の日だ。この日リヨンの街が様々な光で彩られる。
リヨンは「光の街」と言われている。その理由の1つは映画を発明したリュミエール兄弟の光、もう一つは毎年12月8日に行われる「光の祭典Fête des Lumières」の光だ。
この祭りは昔ペストが大流行して沢山の尊い命が奪われた時、蔓延していたペストがリヨンから50キロ程離れたペルージュ付近で鎮まったことへの感謝の祭りである。
 
夜、私達は8区にあるエタジュニ通りへ繰り出した。
通りの木々が青と白の光で装飾され、通りの側の家々の窓辺には各家が用意したろうそくが置かれ、幻想的な世界を演出していた。通りは車両通行止めになり、子供から大人まで大勢の人がその美しいイルミネーションを楽しんでいた。中には光をイメージした衣装に身を包んだ若者達が歌を歌ったり、パフォーマンスをして祭りを盛り上げていた。
見学の途中、Wakatsuki協会の人達に会った。
Wakatsuki協会というのは1920年から27年までの7年間、リヨンで日本領事を勤めた若月馥次郎氏の業績を今に伝えていこうと活動している団体だ。
若月氏は度々領事公邸に青少年を招いて、日本文化を紹介し、日本の伝説、おとぎ話の仏語訳を出版するなどの業績を残し、住民から深く敬愛されていた。
8区には「La rue Fukujiro WAKATSUkI 」と若月氏の名前が付けられた通りがあり、そこからもどれだけ地元の人々に敬愛されていたかが伺われる。
レポート:岩橋亮子(会員)